原子力政策でぶれる菅首相には「忍」しかない?――。
21日午前の参院予算委員会で挙手した海江田経済産業相の左の手のひらには、手書きで「忍」の一字があった。
同予算委でも、海江田氏は、首相が「脱原発」方針を表明した13日の記者会見の直前、「日本は核兵器を持たない中で、原子力の技術を開発した。『原発ゼロ』となると、そうした技術が途絶えてしまう」と首相に電話で懸念を伝え、慎重な対応を求めたことを明らかにした。「脱原発」に固執する首相との認識の違いは広がるばかりだ。 (2011年7月21日13時32分 読売新聞)
海江田経済産業相の憂鬱ねぇ。・・・・う~む。(ーー;)
海江田経済産業相・・・先の東日本大震災では、被災した福島第1原子力発電所で、放水の準備中にいた東京消防庁の隊員に対し、「言う通りにやらないと処分する」・・・などと恫喝した疑いがもたれている人物。。
世間からの激しい非難に対し、後に22日の閣議後会見で、記者らの質問に応え、「隊員に不快な思いをさせたのならおわびする。言った言わないになるので、事実関係はいずれご報告する(MSN産経ニュース2011.3.22 09:57報道)」・・・と述べるに留まっていた。。
確かに「混乱の最中」ということもあったろうが、それを考慮に置いても、海江田万里という一人の男の隠れた人間性が垣間見れた瞬間だったように思う。。
これまでは、只管、菅総理を信じて付き従って来た海江田氏だったが、同じ選挙区のライバルを、いきなり閣内に取り込むなど、露骨な梯子外しが始まったのには、・・・本人のみならず、多くの人を驚かせた。。
おそらく二人の間に何かが起きていたのは間違いないところだが、原発事故が起きて四ヵ月が経った七月になると、日本の将来を左右する原子力政策の点でも、「総理の暴走」は留まるところを知らず、・・・両者の信頼関係は、いよいよ以て深い溝となってしまった。。
本来なら、こうした場合、「ざけんじゃねぇよ」・・・とケツ捲くって閣僚を去ることも可能ながら、それでは、やりたい仕事も出来なくなる・・・という訳で、記事が報じるように、「忍」の一字を手のひらに書き、頭に血が登ったら、これを見て耐え忍んでいるように推察される。。
まぁねぇ、サラリーマンの世界でも、こういうことは大おにしてあることであり、かくいう私もその昔、散々痛い目を浴びせられた経験があるので、海江田氏の気持ちが分からないではないが、復興という最優先であらねばならない政策が、それにより大幅に遅れてしまっているのは事実のことであり、閣僚として、その片棒を担いだ責任は軽くはない。。
こういう場合は、被災者のみならず、国家国民全体の幸せの為に、与野党が皆で一丸となり「倒閣」に動くというのが、政治家としてあるべき一丁目一番地でなくてはならないところ。。
そこを、未だお分かり頂いてない中での・・・「悶々」・・・には、今一つ同情する気にはなれない・・・というのが私を始め多くの国民の偽らざる本音ではなかろうか・・・・
まっ、スッカラが、今後どこまでやる気なのかは・・・分からないが、海江田大臣が、このまま閣内に残り続けるつもりならば、・・・「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」・・・という姿勢を続けるしか道はない。。
昔から私は浪曲や古典落語を聞くのが大好きだったセイもあり、色んな話を覚えているが、確かその中に、徳川家康に纏わる出し物の中で、・・・「堪忍の成る堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍・・・堪忍の袋を常に首へかけ、破れたら縫え、破れたら縫え、辛抱する木に花が咲く」・・・という一節があったと記憶している。。
菅直人の露骨な「梯子外し」には、今や与野党を超えて、そして国民からも激しい怒りが湧きあがっており、そうした中での海江田大臣に対する同情が、ここに来て、僅かながら?出始めている様子もある。。
いずれにせよ、引き続き「ならぬ堪忍するが堪忍」を続けても・・・この状況は変わらない。それは誰が見ても・・・間違いないところ。。
問題解決には・・・今やスッカリ「国民の敵」と化した・・・あのスッカラをどうにかせねば?・・・事態は動かない。。
そこを認識した上で・・・今は何を優先して行動すべきなのか・・・与野党で良く話し合ってもらいたいもの。。(v_v)
それなくしては、海江田大臣の「悶々」は、これからも「ずぅ~っ」と続くに違いない。。。\_(-_- 彡